私は自然や都市の様々な現象を採取し、音や光、立体を共鳴させて空間に豊かなポリフォニーをつくることを作品としています。
窓の外の風景、またはラジオや電話などを通して別の場所を感じることで、いま自分が立っている場所を把握したり、かつての記憶を思い出したり、そういういろんな時間軸がいったい誰の記憶なのか曖昧になってしまう瞬間があって、でもわずかずつでも、その記憶の主を探し、それが自分だと特定させるようなことが、このシリーズの作品制作の意図となっています。
久門 剛史は、光や音の効果が時間軸に沿って変化するインスタレーションを通して、観客が個々の記憶や物語と再会する劇場を作り出す。それは、「現在」という現実に立ち向かうための実用的な判断を要求する時空を超えて、曖昧で混沌とした豊かな記憶の海としての時空へと人々を誘う試みでもある。インスタレーション自体に明確な物語性がある訳ではないのだが、誰もが体験した事がある電話や雨や踏切の音、街灯、炬燵の灯やヘッドライトといった様々な音や光の様子は、否応なく個々人の記憶、そして共有された懐かしい記憶を呼び起こす装置となる。
本展のための新作《Quantize》は、雨の日に車内で人を待つ時に車外の風景やラジオの音楽と共に沸き上る、大小様々な思い出と現在進行形の時間軸のずれや重なりをテーマにしている。日常と非日常の時間の境界が消失し、自分の記憶と他者の記憶が混ざり合う時にこそ、この世界を支配する「時」という神的存在から、私たちは自由になることができるのかもしれない。